トリセツ制作者のためのiiRDS実践ガイド
(3)中身のラベル(前編):安全・法令・仕様を仕分ける
前回は、ドキュメントやトピックの「役割」を決める「器のラベル」について解説しました。しかし、AIやシステムが情報を活用する際、役割と同じくらい重要なのが 「そのトピックには何が書かれているか(主題)」 という情報です。
例えば、同じ「手順(Task)」であっても、それが「安全に使うための手順」なのか「製品の性能(仕様)に関する手順」なのかによって、AIがユーザーに提示すべき優先順位や慎重さは大きく変わります。
今回は、iiRDSの「情報の主題(Information Subject)」の中から、実務の要となる「安全・法令・仕様」に関する主要な語彙を読み解いていきましょう。
なぜAI時代に「主題(Subject)」の定義が必要なのか
現在の生成AI(LLM)は、テキストの内容をある程度理解できますが、それが「法的に遵守すべき適合性の話」なのか「単なる技術的な数値」なのかを、文脈だけで100%正しく判別できるわけではありません。
マニュアルに含まれる「安全」や「法令」に関する情報は、絶対に読み飛ばされてはならず、かつ誤解を招いてはならない「確定情報」です。これらに明示的にラベルを貼ることで、システム側で「安全に関する質問には、必ずこのラベルの付いた情報を優先的に、加工せずに提示する」といった安全策(ガードレール)を講じることが可能になります。
厳選:実務を支える5つの「主題ラベル」
公式ガイド「Guide for Use」では、製品情報の中でも特に核となる語彙が整理されています。今回は以下の5つをピックアップしました。
| iiRDS語彙(Label) | 説明・役割 | AI活用におけるメリット |
|---|---|---|
| Safety | 安全に関する一般的なルールや注意事項。 | 安全情報の優先表示や、リスク回避の回答生成に必須。 |
| Conformity | 法令順守、規格適合、認証に関する情報。 | コンプライアンスチェックの自動化や正確な回答。 |
| TechnicalData | 寸法、重量、電源仕様などの数値データ。 | AIによるハルシネーション(数値の捏造)を強力に抑制。 |
| ProductDescription | 製品の機能や構造に関する説明。 | 「何ができるか」という製品理解のハブになる。 |
| ProductIdentification | 型番、シリアル、製造元などの識別情報。 | 問い合わせ対象の製品を「特定」するためのキーになる。 |
公式ガイドの真骨頂:「何ではないか」- 例:Safetyでよいのか
iiRDSの Safety ラベルを貼る際、現場では「警告ラベル(Warning)」との違いに迷うことがあります。ここで公式ガイドの 「What it is not(何ではないか)」 が力を発揮します。
ガイドによれば、主題としての Safety は、「安全に関する情報の断片(トピック)」全体を指します。
一方で、DITAなどで使われる Warning や Caution は、トピックの中に埋め込まれた「特定の危険に対する警告」を指すことが多いです。
つまり、トピック全体が「安全のための一般的ルール」を説明しているなら主題ラベルとして Safety を貼り、手順の中に「指を挟まないように注意」と一言ある場合は、それはトピックの主題というよりは、要素レベルの警告である、といった使い分けが見えてきます。この区別を明確にすることで、AIは「安全に関する総括的な知識」として情報を整理できるようになります。
「TechnicalData」がAIの嘘(ハルシネーション)を防ぐ
もう一つ、AI時代に極めて重要なのが TechnicalData です。
AIは文章を作るのは得意ですが、数値を扱うのが苦手な側面があります。仕様表などのトピックにこのラベルを貼っておくことで、システム側は「ユーザーから数値に関する質問が来たら、推論させずに TechnicalData ラベルの付いたトピックから値を直接引用する」という制御(確定検索)が行えます。これが、AIの「もっともらしい嘘」からユーザーを守るための、制作者にできる最大の防御策となります。
自社マニュアルの「重要情報」を棚卸ししてみませんか
今回の語彙を使って、皆さんのマニュアルにある「絶対に間違えてはいけない情報」にどうラベルを貼るべきか考えてみましょう。
- 安全情報の再確認
- 「安全上のご注意」の章以外にも、安全に関わる重要な説明が隠れていませんか? それらに
Safetyラベルを貼る準備はできていますか?
- 「安全上のご注意」の章以外にも、安全に関わる重要な説明が隠れていませんか? それらに
- 数値情報の切り出し
- テキストの中に埋もれている「寸法」や「定格」などの数値データを、
TechnicalDataとして独立したトピック(または表)に整理できていますか?
- テキストの中に埋もれている「寸法」や「定格」などの数値データを、
- 適合性情報の整理
- CEマーキングやRoHS対応などの記述は、
ConformityとしてAIが即座に参照できるようになっていますか?
- CEマーキングやRoHS対応などの記述は、
テクニカルひとくちメモ
- Information Subjectの階層:
iiRDSではSafetyの下にさらに細かい分類(例:個人保護具など)を作ることも可能ですが、まずはこの「主要な5つ」から始めるのが、運用の複雑さを避けるコツです。 - ラベルの重複:
一つのトピックにTechnicalDataとProductDescriptionの両方を貼ることも可能です。「主題」は一つに絞る必要はなく、その情報が持つ複数の側面をAIに伝えることができます。
次回予告:
今回で、情報の「役割(器)」と「中身(主題)」の仕分けができるようになりました。しかし、プロの現場ではもう一歩踏み込んだ精度が求められます。
例えば、「ボルトの締め付け」という手順があったとき:
- いつ?:組み立て時(Assembly)なのか、定期点検時(Maintenance)なのか?
- どこに?:エンジン部分(Engine)なのか、足回り(Chassis)なのか?
この「いつ(ライフサイクル)」と「どこ(コンポーネント)」を明確にしないと、AIは無数の「ボルトの締め付け手順」の中から正しい一つを選び出すことができません。
次回の第4回では、情報の解像度を劇的に高める 「ライフサイクルフェーズ」 と 「コンポーネント」 のラベル活用術を紹介します。これを知れば、あなたのマニュアルはAIにとって「迷いようのない精密な地図」に変わります。お楽しみに!
参考資料:iiRDSコンソーシアム公式ガイドライン
「Guide for the Standardized Use of iiRDS」について
本連載は、iiRDSコンソーシアムが2025年10月に公開したレポート 「Guide for the Standardized Use of iiRDS」 をベースに解説しています。
このレポートは、メタデータの定義だけでなく、「目的」「対象読者」「具体例」、そして「そのタグを使ってはいけないケース(What it is not)」までが網羅された、まさに実務者のためのバイブルです。 このような極めて実践的で価値の高いガイドラインをまとめ上げられたiiRDSコンソーシアムのワーキンググループ、およびコントリビューターの皆様に深く感謝申し上げます。
本連載で興味を持たれた方は、ぜひ以下の公式サイトからレポート(PDF)をダウンロードし、一次情報に触れてみてください。AI時代のメタデータ設計の強力な道標となるはずです。
